生駒山(パート3)

さて、宝山寺ですが、ここもなかなか特異なお寺です。
役行者が開いたとされる修験道場だった当時は都史陀山 大聖無動寺という名でしたが、江戸時代の延宝6年(1678年)に湛海律師が再興し、この時が事実上の開山だと思われます。延宝8年(1680年)正月には村人や郡山藩家老らの援助により仮本堂が建立され、後には大聖歓喜天を鎮守として祀りました。貞享5年(1688年)には新本堂が完成して伽藍の整備が終わり、寺名を宝山寺と改められました。
歓喜天は、ヒンドゥー教のガネーシャ(Gaṇeśa、群集の長)に起源を持つヒンドゥー教の神の一柱で、太鼓腹の人間の身体に 片方の牙の折れた象の頭をもった神で、4本の腕を持っています。障害を取り去り、また財産をもたらすと言われ、事業開始と商業の神・学問の神とされ、インドのマハラシュトラ州を中心にデカン高原一帯で多く信仰されています。ガネーシャはヴィナーヤカ(Vināyaka、無上)、ヴィグネーシュヴァラ(Vighneśvara、障害除去)、ガナパティ(Gaṇapati、群集の主)、またはナンディケーシュヴァラ(Nandikeśvara)とも呼ばれる。ヒンズー教最高神の一柱シヴァ神を父にパールヴァティー(Pārvatī)(烏摩 うま)を母に持ち、シヴァの軍勢の総帥を務めたとされています。古代インドでは、もともとは障害を司る神でしたが、やがて障害を除いて財福をもたらす神として広く信仰されています。ヒンドゥー教から仏教に取り入れられるに伴って、仏教に帰依して護法善神となったと解釈され、ヒマラヤ山脈のカイラス山(鶏羅山)で9千8百の諸眷属を率いて三千世界と仏法僧の三宝を守護するとされています。悪神が十一面観音菩薩によって善神に改宗し、仏教を守護し財運と福運をもたらす天部の神とされ、一般的な歓喜天=聖天は、抱擁している象頭人身の双身像の場合、頭部に冠を付けている方が十一面観音で、その十一面観音に抱擁されながらも足を踏まれている方が毘那夜迦王とされています。昔、友達と一緒に宝山寺にお参りに行ったときに奥の院まで登って、そこのお堂にいたお寺の人に、歓喜天=聖天は秘仏で、一般には公開されていないけれど、大体こんなお姿だっていう絵を見せてもらった事があります。まさしく象頭人身の神様が抱擁しているお姿でした。

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