生駒山(パート4)

そんな生駒山ですが、あまり知られていない存在が、「韓国・朝鮮寺」の多く存在することです。生駒山はこのように多くの人々を集める、信仰の対象となりえたのは、柳田国男をはじめとする民俗学者の指摘する通り、日本人にとっては山は祖霊の住む神聖な場であるということがあり、都市に近い山は、神のすむ他界と人間の住む都市との境界の役割を果たし、格好の修業の場を提供し、昔から、人々は山中の滝にうたれたり、寺や庵に観もったり、祭祀を行ったりしたことが挙げられます。
生駒山の韓国・朝鮮寺については、飯田剛史「生駒の神々」に詳しく、生駒周辺に韓国・朝鮮寺63寺があることが確認されています。しかし寺といっても、ここで行われるのは、たいがい巫者(シャーマン)が神がかりして神を降ろす賽神(クッ)の儀礼が中心で、韓国系の曹渓宗あるいは日本系の天台・真言の山岳修験系諸派を名乗っていても、宗教法人の形式をとっているものは少なく、ほとんどが民家と同じような佇まいで、一般の家と区別するのが難しいです。造りとしては、①仏をまつる簡単な本堂と、②七星堂や七星神・山神・海神をまつる三神閣と、③賽神場、④行場としての滝、⑤依代としての神竿、⑥地蔵堂などがあるのが普通です。年中行事の大きなものは、寺によって異なりますが、一般には4月8日の釈迦の誕生祝い、7月7日の七星祭り、冬至の三つ。韓国の寺でよく見られるように、多くの信徒が集い、食事をし、踊る、信者たちのコミュニケーションの場になっています。
こうした、祭りの形式は日本の仏教にはあまり見られません。賽神もまた、韓国式のもので、賽神は、病気や事業の不振などで悩んでいる信者の依頼に応じて、寺の住職である巫者が、仲間の巫者とグループで行うもので、期間は依頼の内容や依頼者の経済的事情によって、一日ないし数時間のものから一週間以上にもおよぶ大がかりなものまでさまざまです。また、賽神の過程は、まず病い災いの原因とみられる祖霊を招き寄せ、歌舞、供物、供銭などでもてなして、これ以上人に災いをかけないように頼み、その願いを聞き入れてもらった上で、再び霊界に送り届けることによって終了します。
そこには韓国で現在行われている本格的なものとは、かなり違う点もあり、その違いは、まず、巫者のグループ構成に僧侶が入ることです。僧侶は「スンニム(僧任)」と呼ばれ賽神のなかで、仏に経をあげ、あるいは霊を読経で供養する役目をもちます。賽神では、鉦や太鼓(チャング)をたたいて、進行役を努め、次に、女巫が「ポサル(菩薩)」と呼ばれることも違いの一つです。韓国にもポサルの呼称はありますが、日本の場合、巫女はすべて「ポサルニム」と呼ばれています。ポサルとは、要するに、仏教に通じた巫女といえば大過はないでしょう。生駒の韓国・朝鮮寺の特色は、祭場がすべて川に沿い、修業の場として滝をもつことで、韓国の場合も、江陵の端午祭にみられるように、川は巫女たちの祭りの場となりますが、生駒の場合は川と滝が韓国・朝鮮寺のほぼ必須の条件となっています。
なぜ生駒の地は、これほど多くの韓国・朝鮮寺を受け入れることができたのかは諸説ありますが、まず古代からの伝統があります。古代の日本は朝鮮半島の国々から多くの文化を学び、この地には7世紀後半の白鳳時代に百済王の一族が建立された百済寺をはじめ多くの韓国・朝鮮系の寺がありました。つぎに、山を神聖な場所、神の宿る場所であると考える信仰が、韓国・朝鮮と日本に共通していることです。江陵の端午祭では、大関嶺の本を伐って、それを依代として山の神を降ろします、これは日本の祭りの原型を示しています。生駒山やその周辺には、滝や清流のほかに大きな本や岩や神水があり、韓国の村や町に現在もみられるタンサン木やソナンダンや薬水のような信仰の基礎がそろっていて、また、韓国・朝鮮寺の中枢である七星閣に祀られる北斗七星に対する信仰も、星田妙見宮をはじめとする「妙見信仰」として、生駒には古くから見られます。現在、韓国・朝鮮寺で巫者たちが行っている占いや民間医療も、たとえば石切神社周辺に見られるように、多くの易や占いの店や断食道場で行われてきました。賽神の中心となるシャーマンによる託宣も、修業をつんだ山岳仏教の僧によって行われています。なかでも真言宗の観音寺の場合は、住職が女性のシャーマンで、多くの信者を集めていますが、その3割は在日韓国・朝鮮入です。また、金峯山修験本宗の不動寺の場合は、信者の実に9割までが在日韓国・朝鮮人の女性だそうです。
こうした伝統に加えて、もっとも重要であると思われるのは、生駒山の立地条件です。現在、日本には67万人ほどの韓国・朝鮮人が住んでいますが、そのうちの19万人ほどが大阪に在住しており、近隣の兵庫・京都を加えれば、生駒周辺には在日の人たちの4割以上が集中しています。生駒山は、交通の便がよく、大阪の中心部からでも近鉄線を利用すれば30分ほどで着くことができ、信仰の原型を共有する山が、これほど近くにあれば、在日の人たち、ことに多くの心身の悩みや病を抱えていた女性たちが集まったのは当然のことともいえるでしょう。

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