夜景と危険な空港

先日、チャットアプリで知り合った女の子とメールで話していると、修学旅行で函館に行ったという話が出て、夜景の話が出ました。私は母校の高校が函館だったので、函館の夜景はよく知っています。函館山の夜景は、『世界三大夜景』の一つとして世界に広く知られ、『100万ドルの夜景』とも称される超有名な夜景スポットです。標高334メートルから見る光景は、暖かな光を放つ市街地の左側に津軽海峡、右側に函館湾が広がり、その幻想的な夜景を見るために連日多くの観光客が訪れます。

夜景の話のつながりで、個人的な好きな夜景の話になったとき、私は伊丹空港の夜景をおススメしました。大阪有名夜景スポットでは、梅田スカイビルやあべのハルカス、南港コスモタワーなどがあり、市内のビル群や縦横に走る高速道路、大阪伊丹空港に降りる旅客機など様々な美しい光が視界一面に広がります。大阪ではそれらの有名な夜景スポット以外に、素敵な夜景の穴場が沢山あり、その穴場スポットのひとつ、大阪伊丹空港端の「千里川土手」があります。しかし、私がオススメしたのは、伊丹空港に着陸するときの飛行機から見た大阪の夜景です。高校2年生の冬休み、ニセコでスキー部の合宿があって、その時は新千歳空港から夜の飛行機で伊丹空港に帰ったのですが、その時に見た着陸前の大阪の夜景に感動しました。

空港の話のついでに、行ってみたい空港の話になったので、私はネパールにあるルクラ空港をあげました。ルクラ空港は、ネパール東部のソル・クーンブ地方にあり、世界最高峰のエベレスト(ネパール名:サガルマータ、チベット名:チョモランマ)があるクーンブ山群の登山やトレッキングの空の玄関口になっています。2008年1月にはテンジン・ヒラリー空港と改称されました。この名称は、1953年5月29日にエベレストの初登頂に成功し、この空港建設に尽力したシェルパのテンジン・ノルゲイと、ニュージーランド出身の登山家エドモンド・ヒラリーに由来します。
ヒマラヤ山脈の谷間に位置し、標高が高いために大気密度が低く、非常に変わりやすい天候の上、滑走路全長は527mしかなく、その短く傾斜した滑走路は世界で最も高度な操縦技術が要求される空港の1つで、ヒストリーチャンネルで放送された「最も過激な空港ランキング」で1位にランクされました。

ルクラはエベレストのネパール側登山口として利用されるために空港の需要は高く、天候不順などの欠航を除き日中カトマンズにあるトリブバン国際空港との間に定期便が毎日運航しています。飛行時間は30分から40分と短いですが、カトマンズで天候が良好であってもルクラでは降雨が発生することが多く、強風や雲量の変化による視程の変化などは、多くの場合で飛行の遅延や空港の閉鎖などに繋がっています。
私は1997年の夏に、友人に誘われて、その年の年末年始にネパールに行こうと思っていました。どうせネパールに行くならヒマラヤが見たい、それも世界最高峰のエベレストが見たいと思っていました。サラリーマンの短い年末年始の休暇をフルに使ってルクラから行けるところまで行こうと思って、いろいろ計画を練り、ルクラからエベレスト街道を歩いて2日行程のシェルパの故郷と呼ばれているナムチェ・バザールか、もうちょっと先の、チベット仏教のタンボチェ僧院まで行こうと思っていました。しかし、飛行の遅延や空港の閉鎖の可能性があると、タイトなスケジュールで行くのは無理で、さらに高山病対策のため、高度順化のための休養日も必要で、結局無理だと諦めました。そのうえ、年末年始の時期は、ネパールトレッキングのハイシーズンで、カトマンズ行きの飛行機のチケットは半年前にはすべてのルートが売り切れになり、キャンセルもほとんど出ないので、ネパールにさえ行けなかったのが最大の理由です。
今のコロナの状況ではなかなか海外に行くことは難しいですが、もし、トレッキングや山歩きの好きな方は、世界最高峰エベレスト(8,848m)を筆頭にローツェ(8,516m)、マカルー(8,463m)、チョー・オユー(8,201m)の8,000mを超える4座をはじめ、ネパールの名だたる高峰がそびえるクーンブ山群のエベレスト街道はおすすめです。
ちなみに、ネパールに行けなかった私ですが、ヒマラヤを見たいという夢は諦められず、翌年の1998年の夏休みにチベットへ行きました。それが私の人生初の海外旅行です。

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