インドの山(パート1)

2001年8月末から11月末までの約3か月間、インドのダラムサラという町に滞在して、ボランティアで地元のチベット人にCADを教えていました。ダラムサラはインドのヒマーチャル・プラデーシュ州の標高1800mの山の上にある町で、亡命チベット人の多数が暮らす「マクロード・ガンジ」地区と、チベット亡命政府の官庁がたちならぶ「カンチェン・キション」地区からなります。北を見ると、ヒマラヤの支脈のダウラダール山脈の4800m~5000mの山が連なり、それは滞在していたゲストハウスの部屋の窓や屋上からもよく見えました。とくに夕方になると夕陽を帯びてピンク色に染まり、見ているだけで心が癒されましたが、山があると登ってみたくなるのが私の性分です。さすがに5000mの頂上までは険しそうで、登山の装備もないので無理とはわかっていましたが、行けるところまで行ってみたいとムクムクと好奇心が高まりました。

そんな気持ちを抱えた9月の半ばころ、いよいよ登山を実行しようと思うようになりました。モンスーンによる雨季はまだ明けてはいませんでしたが、たまたま朝、天気が良かったので、地下の食堂でバター茶を飲んだ後、肩掛け袋にカメラを入れて、山の方に向かう道を適当に歩き始めました。マクロード・ガンジのバスターミナルからMall Roadという道をまっすぐ進むとダル湖という池があり、その近くにTCV(Tibetan Children Village=チベット子供村)があります。池の傍には小さなヒンドゥー寺院が建っていて、道はそこでT字路になって分かれていて、右へ行くとすぐにTCVの入口があります。なんとなく、そこで左へ行くと山が近づくような気がしたので、左へ進み、長閑な農村の風景と転々と存在する人家を尻目に歩いていくと、前触れもなく、突如として山が全貌を現しました。それはひとつひとつの山がピークを並べているという光景ではなく、同じような高さの山が屏風のように連なっている姿で、低い雲は目線にあって、空は雨期だとは信じられないくらい澄み切っていて青く輝いていました。その山へと向かうように畑のあぜ道が続いていたので、何の疑いもなく進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

ところが、その道をどんどん進んでいくと道は細くなっていくばかりで、そのうち道なき道の状態になってきました。足元には道はなく、太いパイプが2,3本走っているだけです。そのパイプの上を綱渡りのように進んでいくと、とうとう行き止まりになりました。たどり着いたのは小川が流れる岩場で、頭上には遥か高みに山々が見えていましたが、沢登りをしないことには行けそうにもありません。もちろんそんな装備をして来なかったから沢登りは出来なかったので、結局その日はそこ止まりでした。

それから数日後、今度はバスターミナルから北に向かうTipa Roadとして知られている坂道を登っていくことにしました。途中には、元々ラサのラモチェにあった二大密教学院の一つであるギュトー密教学堂の分院があり、その先にTIPA(チベット伝統芸能研究所)があります。TIPAは、1959年8月、チベット難民が最初にインドに亡命した年に、チベット人の伝統を維持、保護するために設立されました。今では、俳優、教師、音楽家、美術家、訓練生、料理人などを含め120人のスタッフが共同生活を送っており、発声法、歌唱法、舞踊、理論、楽器演奏など舞台芸術の全般を教えるトレーニング機関として、チベットの民族音楽、舞踊、演劇の最高峰であり、伝統が受け継がれています。

TIPAを過ぎて山を回り込むように30分ほど歩いて行くと、数日前に興味本位で登ったSwarg Ashram M.I.Roadを、マクロード・ガンジのバスターミナルから北側の山頂の方に向かって、尾根や沢筋の道を約1.5km、標高差にして約130~140mほど登った所にあるダラムコートという、山に囲まれた小さな集落に出ます。このダラムコートはマクロード・ガンジからとても近い所にあり、マクロード・ガンジに滞在するバックパッカー達の良い散歩コースになっています。

茶店で一杯4ルピーのブラック・ティーを飲みおえると、ダラムコートの集落を縫うようにして歩き続け、山の5合目の水槽を過ぎてなおも上っていくと、山の稜線に出ました。眼下には先ほどの集落やダラムコートの茶店が見えます。そこで、山を登っていく道が2方に分かれていたので、右手に進み、どんどん山を登っていくと、一軒の茶店が開いていました。ブラック・ティーが8ルピー。山の上までの運搬費も含まれているのでしょう、値段は麓の倍でした。

そこで再びブラック・ティーを飲んでいると、傍らを子供たちがワイワイ言いながら通り過ぎて山道を登っていくので、私もそれに続くことにしたのですが、雲行きはだんだん怪しくなってきて、15分後には雨が降り始めました。またしても山登りはストップです。仕方がないので引き返すのですが、雨脚はどんどん激しくなってきました。しかも、途中のダラムコートの集落で道に迷ってしまい、土砂降りの中、道を探してやっとのことでゲストハウスに帰ってきたときはずぶ濡れで、ポケットに入っていた全財産が入っている財布からお札を一枚一枚ベッドに並べて干さないといけない羽目になってしまいました。

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