べてるの家

2002年頃、私は神奈川県の川崎市にあるアルコールケアセンターに通っていたのですが、通所していた時、近所のショッピングセンターの最上階にある高津市民館というところで、北海道の浦河町にある「べてるの家」という障がい者施設の講演があるというので、通所者全員で聞きに行きました。その時に思い出に残っているのは、統合失調症の当事者の方が、病気からくる幻聴のことを友達みたいに「幻聴さん」って親しく話していたことです。

べてるの家は、1984年に設立された北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点です。浦河町は、北海道の日高振興局管内にある町で、サケ、マス、スルメイカ、日高昆布などの漁業が盛んです。とくに、関西に住んでいると、昆布でとった出汁の食文化に慣れているので、利尻や羅臼と共にお世話になっている地域です。

べてるの家は、有限会社福祉 ショップべてる、社会福祉法人浦河べてるの家、NPO法人セルフサポートセンター浦河などの活動があり、総体として「べてる」と呼ばれています。その特徴は、病気を治療し、社会復帰をめざすのではなく、悩み、弱さをそのまま受けいれ、問題だらけの人生を肯定する力の獲得をめざしていることです。

べてるの家は1987年に「回復者クラブどんぐりの会」の有志メンバー数名が浦河教会の旧会堂を拠点として活動をはじめたのがはじまりです。当時、長い入院生活を終え退院したメンバーの退院祝いを浦河町内の焼肉屋で行ったところ、「これから自分達はこの町で一体どうやって生きていったらいいのだろう」ということを当時の浦河町の精神障がい回復者の仲間と語り合ったことから活動が始まりました。

1983年、浦河日赤病院の精神科を退院したメンバーをはじめとする精神障がいを体験した回復者数名が、浦河教会の片隅で昆布の袋詰めの下請け作業をはじめました。社会的な支援体制の乏しさや地域経済の弱体化が、精神障がいを抱えながら生きようとする当事者自身の生きづらさと重なり合ったとき、「地域のために、日高昆布を全国に売ろう」という起業の動機につながったと言います。これが全国的な注目を浴びたひとつのきっかけとなりました。その目的は「苦労を取り戻す」ためで、「利益のないところを大切に」「安心してサボれる会社づくり」などのユニークなモットーを掲げます。こうした理念が生まれた背景には、心の病という現実から逃げずに向き合った一人ひとりの人生との格闘、および「三度のメシよりミーティング」を行うお互いの関係づくりの歴史があったからだと言います。

全国の有志から応援をもらって、93年に有限会社が設立され、地域のスーパーの清掃や病院の給食の食器洗浄などの請負や介護用品の販売など、浦河町を中心に多岐に渡る事業を展開します。

その後、「自分自身で、ともに」、自分の苦労の起こり方や自分の助け方などを「研究」していく「当事者研究」の活動が2001年頃にはじまりました。精神科病床の削減と地域移行の流れの中で、当事者が理事長となる初の社会福祉法人が2002年に発足し、就労継続支援B型、生活介護、訪問看護ステーション、ヘルパーステーション、グループホーム等を運営しています。この時から、当事者が専門職を雇用して、ともに地域の福祉をデザインしていくというチャレンジがはじまりました。私が講演会を聞きに行ったのがちょうどこのころです。

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