少彦名神社の献湯祭

大阪市中央区の道修町に神農さんと地元では親しみを持たれて呼ばれている少彦名神社があります。この少彦名神社では毎月23日の12時30分から「献湯祭」なるものが行われています。
大阪の道修町は、江戸時代から薬種問屋が軒を連ね、現在も多くの製薬会社の本支店がある「くすりのまち」として知られています。道修町通り(どしょうまちどおり)には、医薬品に関する展示施設が複数あります。それらの施設をつなぐ約300Mの通りを「道修町ミュージアムストリート」と呼んでいます。この道修町にある、「くすりの道修町資料館」(少彦名神社に併設)をはじめ道修町に縁の深い老舗製薬会社の3つの施設で日本の薬業とともに歩んできた道修町の歴史、当時の文化・生活、今に至る医薬品の話など「道修町」と「くすり」に関するさまざまな情報が、所蔵する貴重な資料や写真、道具類などを用いて展示・無料公開されています。
道修町を含めた船場地域は、豊臣秀吉が大阪城の三の丸を築城する際、そこに住んでいた町人や寺院を強制的に移し新しく城下町として開発されたとされています。道修町がくすりの町と言われる様になったきっかけは、寛永年間(1624~1644)に堺の商人小西吉右衛門が道修町1丁目に薬種屋を開いたこととされています。やがて、1722(享保7年)、八代将軍徳川吉宗は道修町の薬種中買仲間 124軒を 株仲間として、中国から輸入された唐薬種や日本で採れる和薬種の適正検査をし、値段を付け全国に売り捌く特権を与えました。
明治時代になると、株仲間は解散となり、営業の自由化と共に誰もが組合に加入して自由に商売が出来るようになりました。しかし、悪質な流通業者がいて粗悪品を売りつけたりしても罰する規定はありませんでした。そこで、道修町の薬業者達は、道修町ブランドに対する信用の為、団結して事業を展開していきました。積極的に洋薬を取り入れ、自前で品質検査を行う『 大阪薬品試験会社 』を設立し、官立の試験所に優るとも劣らない信用を獲得しました。また、有力薬業者達により製薬会社を立ち上げ、洋薬に対応するため開設した『薬舗夜学校 』は、現在の大阪大学薬学部や大阪薬科大学に発展しました。
そんな道修町にある少彦名神社はお薬の神様として知られており、健康祈願はもちろん、医薬品関連会社の守り神としても信仰を集めており、境内には医薬品会社の商品の数々が展示されています。また、薬学部を志望する受験生の合格祈願でも人気のある神社で、合格を願う絵馬がたくさん奉納されています。
そんな少彦名神社で行われる「献湯祭」の流れを説明すると、以下のようになります。
1. 巫女さんが行います。
2. 中央にお湯の入った釜が置かれ、初めにまわりを塩でお清めをします。
3. 次にお湯が入っている釜の中へ米を入れます。
4. さらにお酒を入れます。
5. 米・お酒が入ったお湯を神前にお供えします。
6. 残ったお湯を笹の葉を使い、勢いよく四方へまき散らします。
神社の説明によると、薬草をお湯で煮出して昔は飲んでいたので、お湯は薬と深い関係があり、そのお湯を神様に奉納することで健康祈願などをする、ということらしいのですが、この「献湯祭」の一連の流れは、日本人が古の時代に行っていた稲作とお酒作りを表現したものであり、そしてすべては雨をもたらしてくれた神様への感謝を示したものです。四方へお湯を勢いよくまき散らす行為は、雨が至る所に降るように願ったものなのかもしれません。
ちなみに、「献湯祭」が終わった後に残ったお湯は、持ち帰ることができ、湯花というそうです。持参したペットボトルなどに無料で入れてもらえます。机の上に置くと、適当な順番でお湯が入れられます。容器がなくても、神社で専用の容器を1本200円で購入できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

お詫び